シベリア少女鉄道vol.14『スラムダンク』シアターサンモール(10/16と10/19に観た)

<観劇前>
この作品について、まず書いておくべきことは、観劇前のショックなことだろう。
ショックなこととは何か?それは観劇する前日にネタ(の一部分)を知ってしまったことだ。この劇団の肝は後半に繰り広げられるネタにある。観客は「今回はどんなネタで驚かさせてくれるのか?」それを胸に抱いて毎回劇場に足を運ぶ。
新作の公演までずっと楽しみに待っていた数ヶ月。この劇団のファンある自分にとって、観劇前日にそのネタを知ってしまうというのは、ショック以外の何物でもなかった。
その情報をどこからどのように知ってしまったのかはここには明かさないけど、ひとつわかったことは「マナーの悪い人はどこの世界でも存在する」ということだ。と同時に、今後、観劇前はネタを知ってしまわないように自分でも気をつけようと思った。

<入場>
さて、シアターサンモールは初めて行く劇場。チケットには選びづらい自由席とあり、どんな席かというと、中央に長方形の舞台があり脇に4箇所の出入り口、通常のシート席とは反対側にもパイプ席が作ってある。客席が向かい合わせになっている形。これは確かに選びづらい。なんとなく青山円形劇場を思わせる。
見た限りでは特に自由席にする必要はないように思うのだけど、あえて指定席にしていないのは、客に席を選ばせることで、そこが見づらい席だった場合の責任を客に委ねるためだろうか?なんてことを思う。
BGMに日本の歌謡曲か何か?が流れているのだけど、自分が始めて聴くようなものばかりで、意図はわからない。

チラシの表紙は男優陣が着物を着て、落語のポーズをしている。「重なる想い、駆け巡る青春」の文字。裏面に「世界の中心で、会いにゆきます。」
ここ何作品か、チラシの写真やタイトルが作品の内容とどう関わっているのか、よくわからないことが続いているので、あまり気にしないことにする。
折込みパンフレット。

【ご挨拶】
やけに陳腐な言い回しになってしまって気恥ずかしいのですが、「見えないはずのものが見えてくる」ようであれば幸いです。
あと、せっかくこんな機会なので、役者さんたちの名前を覚えてお帰りになっていただければ幸いです。
土屋亮一
【キャスト】
前畑陽平(まえはたようへい
藤原幹雄(ふじわらみきお)
吉田友則(よしだとものり)
横溝茂雄(よこみぞしげお)
篠塚茜(しのづかあかね)
出来恵美(できえみ)
内田慈(うちだちか)
大坂秩加(おおさかちか)
佐々木幸子(ささきゆきこ)<野鳩

・・・役名が書いてない。いつも自分はセリフに出てくる名前が誰のことか理解するために、役名に目を通すようにしているのだけど、それが書いていないとはどういうことだろうか?また名前の一部の文字フォントの大きさが違ったり反転させてあり、強調してある。
開演時刻になると、土屋亮一氏が登場して前説を始める。「シベリア少女鉄道、作・演出をやっております土屋亮一です」
片側の席では途中退場できない旨や携帯電話の電源を切っておくこと等の説明。土屋氏が前説に出てくるなんて珍しい。

<開演>
出来恵美さんと藤原幹雄氏がスーツで登場。2人ともマイク(ヘッドセット?)を着けている。出来恵美さんは引退日で最後の仕事みたいだ。「5年前・・・」暗転。明るくなっても、そのままの出来恵美さん。場面はすでに5年前に変わっている。2年前の原子力発電所の事故の話。今日はクリスマスイブ。
場面は変わって吉田友則氏と篠塚茜さんが登場。首相と夫人の会話。娘のボーイフレンドに会うために休暇を取った首相。あたふたするが、「今日一日は仕事の話は忘れてチカコの父親でいてくれたらいいんですよ」と宥める夫人。
警備員の待機室。前畑陽平氏、内田慈さんが登場。警備員の2人が暇つぶしにトランプをしている。アイドル大空萌のイベントが行われるようだ。大坂秩加さんがアイドル役で登場。
場面は変わって、佐々木幸子さんが赤ちゃんを抱いて横溝茂雄氏と共に登場。これから子供を養護施設に預けようという日。悲しみに暮れる2人。

このように役者が順番に入れ替わりで登場することで、いろんな場面が同時に進行する。そして今回は出演者には場面毎に役が割り振られていて、場面に応じた役に合わせて衣装を着替えて登場することで1人で数役を演じる。
場面はそれぞれ次のような感じ。
首相官邸(危機管理センター、貴賓室)、首相の自宅、アイドルのイベント会場周辺、自衛隊演習場、バー、養護施設周辺、不良高校生の部屋、世界の中心で愛を叫ぶの世界(アキの自宅、夢島、病院、etc)
また、ステージ床には場面毎に円が描かれており、その円に照明が当たることで場面が変わったことを表現する。

役者はいつにも増して誇張した役作りでそれぞれの役を演じる。
前畑陽平氏はいつものことながら、役を演じ分けて上手い。自分は「メリクリ!」と言って登場するヨウイチのキャラが好きだ。吉田友則氏は中年男性役がはまっている。藤原幹雄氏と横溝茂雄氏はいつも似たような演技だと思っていたけど、今回はちゃんといろんな役を演じ分けているところが見れた。藤原幹雄氏の高校生ミッキーの口調と横溝茂雄氏のプレイボーイ役の気持ち悪さ(失礼)が面白い。篠塚茜さんは養護施設理事長役が得意な役だろうか?ちょっと首相夫人とキャラがかぶっているような気もする。アキ役のセーラー服も違和感がない。出来恵美さんはアイドル追っかけ(秋葉系)役の無理矢理さがいい。佐々木幸子さんはセリフがない時でも顔の表情ですでに演じ分けている。上手い。
初めて観る役者さん。内田慈さんは相当上手い。それぞれのキャラがちゃんと立っているし、一見汚れ役(バカな自衛隊員とか)に見える役も躊躇なく演じきっている。天真爛漫な首相の娘チカコで登場した時はその変わり様に目を見張ったぐらい。大坂秩加さんはアイドル大空萌の役はいいとして、サクの役がなぜか普通の女の子に見えてしまう。自分はどちらかというと高校生オオちゃんの役をもっと見たかった。

役者は入れ替わりで登場し、登場人物はどんどん増えていく。それはもう数え切れないぐらいに。ここで、膨大な数の登場人物の名前が役者の名前の一部分を取ってつけられていることに気付かされる。パンフレットに役名が書いていないのも、文字フォントが変えてあるのもこのためだったのだ。確かに役名がパンフレットに全て書いてあったら、1人でたくさんの役を演じるということが予想できてしまうだろうし。

ストーリーは同時進行していた各場面が複雑に絡み合ってくる。
2年前、原子力発電所事故の責任を押し付けられた元発電所職員の前島先生。その前は工業高校教師をしていた。不良高校生グループ。前島先生の車からパソコンを盗み、携帯電話を傍受できるシステムと前島先生が復讐のために発電所に仕掛けておいた装置を使い、テロを企む。不良高校生の1人の父親、バーのマスターは過去に白血病で死んだ少女のことが忘れられない(セカチューの世界)。不良高校生の1人トモ君が命令している女性はアイドルのイベント会場に爆弾を仕掛けに客として潜入する。その通話をたまたま危機管理センターで傍受してしまった見学中の女子大学生。2年前の発電所事故で放射能を浴びてしまった作業員の夫婦。子供を養護施設に預けようとするが、そこで自分たちを救うために事故現場に飛び込んでくれた青年に出会う。セカチューの世界ではアキが白血病であることが判明・・・。
この辺りのストーリーが同時進行しながら絡み合うところはなんだかドラマ『24』っぽい。

<崩壊する世界・ネタ1段階目>
ストーリーが進むに従って、何もセリフを言わず、明らかに間の伸びた演出がちらほらと出てくる。それは、<そこに登場するべき役者が急いで着替えているところ>だろうことは観客にも想像できる。しかし、本来ならばそういうのを気付かせない演出にするはずなのに。
また、その場面にいるはずの人物がいない理由を「サボりにいっちゃいましたよ」「家族で買い物に行っております」等のセリフを言うことで、登場人物自身がその場面での辻褄を合わせようとする。面白い。場面の移行はさらに早くなり、もはや役者の着替えは間に合わなくなる。衣装はそのままでカツラを変えるだけや、サングラスをかけるだけ、衣装がちぐはぐなままで1人で数役を演じ続ける。下半身はスカート、上半身に学生シャツを羽織っただけで「アキに会わせてください」と叫んだり、養護施設の先生になるためにスーツの上からエプロンだけを急いでつけたり。バーのマスターの服のまま「わーい遊ぼう」と子供の役を演じたり。
ちょっと前にあえて<着替えている役者を待っている>ことを感じさせる演出をしていたのは、これから世界が崩壊していくその前兆として、観客に一先ず慣れさせるためだったのだろう。
自分が一番上手い演出だと思ったのは、吉田友則氏が自衛隊演習場の円の中で教官にムチでお尻を打たれる瞬間に「おお!!っとテンションあがったぜ!!」と不良高校生の部屋の円に移り不良高校生に変わったところだ。

ここで、舞台上に1つの事件が起こる。危機管理センターで見学に来た女子大生の役を演じていた内田慈さん。首相秘書の内野がその場にいない(自分自身が演じるべき役なのだから当たり前)理由について、思わず「どこかの誰かに誘拐でもされたとか?」と言ってしまう。その結果、大枠のストーリーにまで影響し、不良高校生グループが誘拐したのは首相秘書の内野ということになる。もちろん、これも台本に書かれてあったとおりの予定ではあるのだろうけど、ここで面白いのは、役者は1人でたくさんの登場人物を演じるのと同時に、さらに<ステージ上でてんてこまいになっている役者>というもう一人の役もまた演じているという構造になっているところだ。

<世界の再構成・ネタ2段階目>
不良高校生グループはテロの交渉相手に前島先生を指名する。ついに前畑陽平氏はステージ上で同時に2人の役をやるはめに。これをいったいどのように演じるのか?
ここで、急に寄席の出囃子が流れ、前畑陽平氏は中央に置かれた座布団の上に座る。端に黒子が現れて役者の名前の書いた紙を張った板を置く。前畑陽平氏は電話で話している前島先生と不良高校生という2役を座布団の上で声を変えて、交互に演じる。これは落語そのものじゃないか。作品は観客に問いかける。「1人が2役を同じ場所で同時に演じるのは不自然なことなのかもしれないが、落語では同じことをやっていても誰もそこにはつっこまないでしょ?」お見事。チラシの表紙の落語のポーズはこれだったのだ。

電話で話しているという設定で同時に2人を演じるのは、さらに篠塚茜さん(センター職員と首相夫人)、藤原幹雄氏(センター職員と不良高校生)と順に交代し、黒子が持つ役者名の紙も合わせてめくられる。それが内田慈さん(見学女子大生と首相秘書)に変わった時点でセンター職員だったはずの吉田友則氏が「この女ぁ!!」と不良高校生の場面の円の中へ突入し、世界は変化する。

<世界の融合・ネタ3段階目>
役者それぞれが一人ずつ照明の当てられた円の中に入り、その場面の役を続けて演じるまではいいが、それが徐々に2人、3人と増えていき、ついには全員がステージ上を走り回りながら演じる有様。ステージは混沌とし、ストーリーを追いかけるのも難しくなってしまう。ここで世界が変わってしまうような渦を巻き大きくなっていく効果音。
役者は突然、ゼッケン姿になり、ステージの両端にバスケットゴールが現れる。
そのままストーリーは進行し、役者は照明が当たる円の中でその場面の演技を続けるのだけど、その身振り手振りとタイミングそしてボールがバウンドしたりキャッチする効果音のせいで、バスケットの試合をしているようにも見える。というか、バスケットの試合をしているようにしか見えない。しかも点が入る度に床の中央に現在の試合の点数も表示されるオマケ付き。まさにこの作品のタイトル『スラムダンク』。
照明(場面)は目まぐるしく移り変わり、役者は選手としてバスケットの試合をしながら、演技を続ける。チラシの「重なる想い、駆け巡る青春」の文字を思い出す。もはやストーリーは洗濯機に放り込まれた浮き沈みする衣類を眺めるような、もしくは断片的なイメージのシャワーに近くなってしまい、完全にストーリーを理解するのは、至難の業となる。
観客に与えられた唯一の手がかりは、役者のその誇張した演技だけ。当初からの、いつにも増した誇張された役作りは、同じ衣装(ゼッケン)のままで、役者がどの役を演じているかを示しやすくするためだったのだ。
ここで客席がステージを挟んで向かい合わせになっていた意味が突然に現れる。今までストーリーを必死に追っていたステージの向こうの観客は、バスケットコートの応援席に座ってボールの行方を目で追いかける、バスケットの試合の観戦客となる。もはや観客は舞台背景と化しているのだ。
役者の動き、効果音、照明がぴたりと重なり、すごい。この奇蹟とも言える、全てが合致する脚本・演出とそれを実現させている役者やスタッフのことを考えると、呆然としてしまう。

<世界の昇華と終焉(終演)へ・ネタ4段階目>
ストーリーとバスケットの試合がともに佳境に達した時、動きとセリフ、効果音がなぜか同じリズムで何回も繰り返される。そして演技もしないでリズムに合わせて体を動かし始める役者もいる。
照明が落とされてそこに現れたのは、審判の格好をした土屋亮一氏。宇多田ヒカルの「traveling」の曲に合わせてトラベリングのサインを出す。開演前に土屋氏が珍しく前説を行ったのはこの作品の作家であることを観客に前以て知らせておくためだったのだろう。土屋氏を知らない観客が「あの人は誰?」ということにならないように。
traveling」をリミックスした曲に合わせて、役者は順にセリフをラップで歌い、ダンスを踊る。もはや途中だったバスケットの試合は放棄される。しかし、ストーリーはそのまま進行する。皆が付けているヘッドセット(マイク)はすでにあって当然のものになっている。もはや当初のまったりとした進行はかけらもない。
楽しい。夢中で役者の動きを追いかける。ああ、楽しい。そこにあるのは、ストーリーを追いかけるあまりに発生する疲れや混乱ではなくて、ただ、流れに身をまかせ、その世界と一体となる高揚感だ。自分はただ観ているだけなのに、体が熱くなってしまった。
最後に出来恵美さんがエピローグを歌い上げて終演。ほとんどの客は呆然としている。さっきまで目の前で起きていたことがまだ体に残っていて、途方に暮れる。我に返るまで、しばらく言葉を発することすらできない・・・。

(思い出しながら書いたので、内容、セリフが間違っていたらすみません ※特に役名)

今回の作品はこれまでの作品の集大成と言えるのではないだろうか?
友人は観劇後、「斬新で面白かった」と言っていた。自分が劇場を出て、まず感じたことは、今回の作品は間違いなく自分にとってこれまでのベストだということ。観劇した3日後の仕事帰りに当日券で2回目を観劇した程に。
なぜこれほどまでにこの作品が自分の感性を貫いたのか。その理由を落ち着いてから考えてみた。

  • 突然と変わってしまうのではなく、徐々に慣らされてから世界が変わってしまうのは自分が好きな流れ。(『VR』の感想より)
  • 役者の今まで見たことがないような多彩な演技が見れた。(『笑顔の行方』の感想より)
  • チラシのデザインやタイトルがきちんと伏線となっていて、劇中にしっかりと登場するのが気持ちいい。
  • この作品を実現させるための労力を思うと、頭が下がる想い。
  • 「そろそろ終わるかな?」と思うと、さらなるネタが準備してあって、その驚きと満足感は計り知れない。
  • 自分が演劇を観る際に求める最も重要な「その劇場に行かないと観れない」(TVや映画館では同じ体験ができない)作品。

今回、素晴らしい作品を観せてくれたシベリア少女鉄道。次回の公演は3月に再び新宿。
早くも楽しみなのだけど、逆に不安なこともある。それは、今回、ここまで自分にとってパーフェクトと言える文句の付け所の無い作品を観てしまったが故に、これを超える作品は今後現れるのだろうか?ということだ。
それともう1つ。今回の作品で初参加の2人は次回作も出演するのだろうか?
できるなら次回の公演では肩の力を抜いて観れたらいいなと思う。といってもやはり期待してしまうのだけど。
<余談>
内田慈さんは初めてみると思っていたら、自分が観た毛皮族『お化けがでるぞ!!』にも出演していたみたい。女優さんが多かったから、全く覚えてないけど。
2回の観劇で2回とも観劇中に地震があって、びっくりした。2度あることは・・・?
<教訓>
演劇の感想は内容を忘れる早めに前に書け。記憶力なんて当てにならない。
シベリア作品を観劇前は演劇関連の情報をシャットアウトしておけ。そこにネタバレが潜んでいるかもしれない。

(参考)シベリア少女鉄道vol.13『笑顔の行方』の感想
http://d.hatena.ne.jp/hirorize/20050511

(参考)シベリア少女鉄道vol.12『アパートの窓割ります』の感想
http://d.hatena.ne.jp/hirorize/20050220

(参考)シベリア少女鉄道vol.11『VR』の感想
http://d.hatena.ne.jp/hirorize/20041110